ペンハロー

David P. Penhallow

クラークに同行し札幌農学校に赴任すると、専門として化学、「本草学」を教える以外に、英語・英文学関係の授業を多く担当した。その範囲は「英語学」、「英学」、「尋常討論」、「発音」と幅広い分野にわたり、初期の札幌農学校における英語・英文学教育に寄与した。1879年12月以降には、第2代教頭ホイーラーのあとを受けて教頭心得に就任するなどし、1880年、任期満了のため帰国した。

(大学文書館所蔵)

ある英文学講義の一コマにて

下記は新渡戸が伝える、ペンハローの文学の素養がよく表れた英文学講義での逸話である。

先生あるとき、グレーの「エレジー」を講ずるに当りて最初の行に The curfew tolls the knell of parting day. とあるに、この Curfew と云うは、英国の故事ある夕暮の鐘の事にして、普通の学ある人は、誰しもよく心得て居る事なるに、件の「ペン」先生、さすがは博物学者だけありて、之を Curlew(鸞―鷸の一種)と誤り、夕暮に啼く鳥の音なりと説明し玉へり。げに毎日三四時間の授業中、如何に博学の人なりとも、稀には了解せざることあるは当然のことなれど、このグレーの「エレジー」なる歌は、苟も英語を解するものは、誰しも口にする所なるに、これをしもかく誤りしは、何とも申訳なき次第と云べくや。
(「忘れぬ草」『蕙林』第14号)