学習の様子

札幌農学校における学習の様子

卒業生たちは、当時の学習の様子を下記のように回想している。

<大島正健(第1期生)>
十七歳前後といえば今日の中学生に毛の生えたような若者共が、日本語を全く解さないクラーク先生が滔々と講ずる植物学や英文学、ペンハロー教授の化学・農学・英語、さらにまたホイーラー教授の数学、土木工学等の諸学科の講義を聴取しながら英語で書きとるのであるから、満足な語学の教育は受けていなかったはずの学生達の日々の労苦は筆舌に尽しがたいものがあった。そして教科書が皆無の時代であったからありとあらゆる学科をノートしなければならないので、寄宿舎で夜ランプをともして営む仕事は誰も彼も辞書と首引きでノートの穴埋めに全力をつくす次第であった。 「オイオイ、クラーク先生の講義に度々パレンという言葉が出たろう。あれは一体どんな綴の字だ?」 「俺のノートにはパレンではなくて、キマと書いてあるが、どちらがほんとうかナ。」 その時そばで懸命に辞書を繰っていた一人が、 「あったぞ、あったぞ。」 といって歓声を挙げた。そして「これだぞッ」といって指さした文字を見ると、Parenchyma―柔組織―とある。 万事がこの調子であったが、時折りクラーク先生御自身が廻って来て、不完全な学生達のノートを手を取って直して下さる。その労苦も一通りや二通りではなかった。
(「クラーク先生とその弟子たち」(1993改訂増補), p.100-101)

<宮部金吾(第2期生)>
講義は勿論終始英語で、特別に教科書を用いたものもあったが、これは学校から借してくれた。教室では鉛筆で筆記し、帰ってからその日のうちに学校から与えられたノート・ブックにインキで綺麗に浄書した。翌日になると先生により授業の初めに当り、講義の前五-一〇分、復習を兼ねて質問を受けた。それ故語学に長じていた者は不便はなかったが、語学に堪能でないものは一方ならず悩んでいた。
 (「宮部金吾」, p.60)

(引用に際して旧字体は新字体に、歴史的仮名遣いは現代仮名遣いに改めた)

クラーク講義「植物生理学」

佐藤昌介 明治9年(1876)

第1期生の佐藤昌介がクラークの講義を書き留めたノート。赤字は、クラークがノートを点検した際に訂正したもの。クラークは約8ヶ月しか札幌に滞在しなかったため、第1期生だけが彼の教えを受けることができた。 当時、外国人教師による講義はすべて英語で行われていた。授業は、生徒が教師の口述を筆記し、寄宿舎に帰った後にそれをノートに浄書し、さらにそのノートを教師が点検して誤りを修正する、といった形で進められた。

(大学文書館所蔵・複製)

The family Bible

American Tract Society [1861]

明治11年(1878)2月、クラークが帰国後に札幌農学校に寄贈した聖書。 キリスト教の精神を支えとしたクラークは、生徒たちの指導に聖書を取り入れた。彼は聖書に生徒の名を書き入れて一人ひとりに贈り、日曜日には聖書研究会を開いた。その教えを受けた第1期生と続く第2期生の多くはキリスト教の洗礼を受けた。 当時完成した邦訳聖書は存在せず、生徒たちは自分たちの英語力で英語聖書を読み、選んだ聖句を英語で暗誦した。これは巧まざる英語教育ともなった。

The family Bible : containing the Old and New Testaments, with brief notes and instructions, designed to give the results of critical investigation, and to assist the reader to understand the meaning of the holy spirit in the inspired word, including the references and marginal readings of the polyglot bible, with engraving, maps, and tables
(札幌農学校文庫 220/B47)

農学校本科生徒「開識社」(Literary Society)設立許可伺 

生徒一同(19名) 明治9年(1876)11月1日 1p

筆蹟はクラーク。クラークより調所校長宛の裏書あり。 開識社は、知識を伸ばし、英語と日本語の話し方及び作文能力を向上させることを目的として設立された。クラークが設立に積極的に関与し、規約も起草したと言われている。

(附属図書館所蔵・Clark, William Smith 047)

開識社記録 

明治10-14年(1877-81)

初期の頃は月に2~4回会合が開かれ、英語による演説・暗誦・討論などがさかんに行われた。記録も英文で記されている。正課の授業で学習し訓練された英語を実地に運用するためにさらに練習を重ねる格好の場となっただろう。

(大学文書館所蔵・複製)